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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)9731号 判決

原告 五十苅知子

原告兼右法定代理人親権者母 五十苅貴美子

右原告両名訴訟代理人弁護士 下村文彦

同 伊藤恵子

同 小田原昌行

被告 甲野一郎

被告兼右法定代理人親権者父 甲野太郎

同母 甲野花子

右被告三名訴訟代理人弁護士 菅原隆

被告 国

右代表者法務大臣 遠藤要

右指定代理人 吉村剛久

〈ほか三名〉

主文

一  被告甲野一郎、同甲野太郎及び同甲野花子は、各自、原告五十苅貴美子に対し、一一三万三三九二円、原告五十苅知子に対し、八三万三一九二円及び右各金員に対する昭和六〇年七月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告国は、原告五十苅貴美子に対し、一一三万三一九二円、原告五十苅知子に対し、八三万三一九二円及び右各金員に対する昭和六一年八月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を右被告らの、その余を原告らの各負担とする。

五  この判決は、主文第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告甲野一郎(以下「被告一郎」という。)、同甲野太郎(以下「被告太郎」という。)及び同甲野花子(以下「被告花子」という。)は、各自、原告両名に対し、それぞれ五六〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告国は、原告両名に対し、それぞれ四九八万〇六八二円及びこれに対する昭和六〇年七月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告一郎、同太郎及び同花子

(一) 原告らの被告一郎、同太郎及び同花子に対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  被告国

(一) 原告らの被告国に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外五十苅重之(以下「重之」という。)は、昭和六〇年七月二一日午前一一時五五分ころ、原動機付自転車(豊栄市か五一五、以下「被害車」という。)を運転して新潟県豊栄市早通南四丁目八番一一号先交差点(以下「本件交差点」という。)内を木崎から新井郷方面へ向けて進行中、同交差点を新崎から葛塚方面へ向けて進行してきた被告一郎運転の自動二輪車(新潟ま六六三四、以下「加害車」という。)に側面から衝突されて路上に転倒し、脳挫傷、急性硬膜下血腫等の傷害を受け、同日水原郷病院に入院したが、同月三〇日同病院において死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告一郎の責任

被告一郎は、前方不注意及び徐行義務違反の過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

また、同被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告太郎及び同花子の責任

被告太郎及び同花子は、被告一郎の父母であり親権者であるから、未成年者である同人の行為に対して監督義務を負っていた者であるところ、同人が過去に道路交通法違反で処分を受けたことがあり、しかも本件事故直前の昭和六〇年七月一〇日に自動二輪車の免許を受けたばかりであったから、同人の自動二輪車の運転については事故発生の防止及び道路交通における危険行為の予防等につき同人を十分監督すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったことにより本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

(三) 被告国の責任

被告一郎は、自賠法三条により本件事故による原告らの人身損害を賠償すべき責に任ずる者であるところ、加害車については自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約が締結されていなかった。

したがって、被告国は、自賠法七二条一項後段により、原告らの後記損害を填補すべき責任がある。

3  損害

(一) 重之の損害 合計七九五二万二四七〇円

(1) 死亡に至るまでの傷害による損害 五八万三四七〇円

(a) 入院雑費 八万七六四〇円

(b) 入院付添費 四万円

(c) 休業損害 一五万五八三〇円

(d) 傷害慰藉料 三〇万円

(2) 死亡による損害 七八九三万九〇〇〇円

(a) 逸失利益 四八九三万九〇〇〇円

重之は、死亡時の年齢が四七歳の健康な男性であったから、本件事故に遭遇しなければ、平均余命の範囲内で満六七歳までの二〇年間就労が可能であったものと推定されるところ、本件事故当時、同人は訴外株式会社シーエス新潟に就職して年収五六一万円を得ていたからこれを基礎とし、生活費を三〇パーセント控除したうえ、ライプニッツ方式に従い年五パーセントの割合で中間利息を控除して同人の逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり、四八九三万九〇〇〇円(一〇〇円未満切捨て)となる。

(計算式)

五六一万円×〇・七×一二・四六二二=四八九三万九〇〇〇円

(一〇〇円未満切捨て)

(b) 死亡慰藉料 三〇〇〇万円

重之は、一家の支柱として広告会社に勤務して原告らの生活を支え、長女である原告五十苅知子(以下「原告知子」という。)の成長を楽しみに働いてきたのであり、暴走行為に近い被告一郎の運転によって生命を奪われた無念さは計り知れないものがある。したがって、重之のこの精神的苦痛を慰藉するためには、三〇〇〇万円をもってするのが相当である。

(3) 相続

原告五十苅貴美子(以下「原告貴美子」という。)は重之の妻であり、原告知子は重之の子であるところ、重之の死亡により同人の右損害賠償請求権の全額(七九五二万二四七〇円)をそれぞれ法定相続分に従って二分の一ずつ相続した(それぞれ三九七六万一二三五円)。

(二) 原告貴美子の損害 合計二九七万五七〇〇円

(1) 葬儀費用 一一七万五七〇〇円

(2) 弁護士費用 一八〇万円

原告貴美子は、本件訴訟の提起及び追行を原告代理人らに委任し、その報酬として一八〇万円を支払うことを約した。

(三) 損害の填補 合計一五〇三万八六三六円

原告らは、被告国から、自賠法七二条一項後段に基づく重之の死亡による損害の填補として一五〇三万八六三六円の支払を受け、これをそれぞれ二分の一(七五一万九三一八円)づつ自己の損害賠償請求権に充当した。

4  結論

よって、原告らは、被告一郎、同太郎及び同花子に対し、それぞれ各自の損害の合計額(原告貴美子につき三五二一万七六一七円、原告知子につき三二二四万一九一七円)の一部である五六〇万円及びこれに対する本件事故の日の後である昭和六〇年七月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告国に対し、それぞれ葬儀費用を含めた前記死亡による損害額の範囲内であり政令で定める死亡による損害填補金額である二五〇〇万円から、前記既払金一五〇三万八六三六円を控除した残額九九六万一三六四円の二分の一である四九八万〇六八二円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  被告一郎、同太郎及び同花子

(一) 請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

(二) 同2の(一)(被告一郎の責任)の事実のうち、被告一郎が徐行義務違反の過失により本件事故を惹起したものであること、同被告が加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であることは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同2の(二)(被告太郎及び同花子の責任)の事実のうち、被告太郎及び同花子は、被告一郎の父母であり親権者であるから、未成年者である同人の行為に対して監督義務を負っていた者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故は、被告一郎が、両親である被告太郎及び同花子の知らないうちに友人から加害車を購入し、これを右被告らに秘匿しながら乗車している間に引き起こしたものである。

(四) 同3(損害)の事実のうち、(三)(損害の填補)の、原告らが被告国から、自賠法七二条一項後段に基づく損害の填補として一五〇三万八六三六円の支払を受けたことは認めるが、(一)(重之の損害)の(1)(死亡に至るまでの傷害による損害)及び(3)(相続)の事実は知らない。その余の主張は争う。

重之は、本件事故直前に訴外株式会社シーエス新潟に就職したばかりで原告ら主張の収入が得られるとは確定していなかったものであるうえ、将来において、定年制の実施、勧奨退職その他により同会社を退職し、あるいは老齢化による労働能力の低下により、右収入が大幅に減少することが予想されるから、同人の逸失利益を原告ら主張の収入額を基礎として二〇年間にわたり算定することは不合理である。

2  被告国

(一) 請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

(二) 同2の(三)(被告国の責任)の事実は認める。

(三) 同3(損害)の事実のうち、(一)(重之の損害)の(3)(相殺)の、原告貴美子が重之の妻であり、原告知子が重之の子であること、(三)(損害の填補)の、原告らが被告国から、自賠法七二条一項後段に基づく重之の死亡による損害の填補として一五〇三万八六三六円の支払を受けたことは認めるが、その余の主張は争う。

三  被告らの主張

1  過失相殺(被告ら)

本件交差点は、幅員がそれぞれ四・五メートルと四メートルの平坦なアスファルト道路がほぼ十字型に交差する交通整理の行われていない交差点であり、それぞれの道路から交差道路に対する見通しは良くない。

重之は、ヘルメットを装着せずに被害車を運転して木崎から新井郷方面に進行し、本件交差点に差し掛かった際、進行中の道路の交差点手前に一時停止標識があったにもかかわらず、この標識に従うことなく交差道路に対する安全確認不十分のまま交差点に進入したため、交差道路の右側から本件交差点に進入してきた被告一郎運転の加害車に気づかず、これと出合頭に衝突したものである。

以上のとおり、重之には、原動機付自転車を運転して交通整理の行われていない交差点に進入するにあたり、ヘルメットを装着せず、また、一時停止標識に従わず交差道路に対する安全確認不十分のまま進行した過失があり、同人の右過失割合は七〇パーセントを下らないというべきであるから、重之の右重過失を斟酌してその損害の七〇パーセントを減額すべきである。

2  損害の填補(被告ら)

被告一郎、同太郎及び同花子は、原告らに対し、見舞金、香典として各一〇万円、損害賠償の内金名下に三〇万円をそれぞれ支払ったから、右金額は原告らの損害賠償請求権に充当されるべきである。

3  遅延損害金について(被告国)

仮に、被告国が原告に対して自賠法七二条に基づく填補金支払義務を負担するとしても、右填補金請求権は、私法上の損害賠償請求権とは性質が異なる同法条によって新たに創設された保障請求権であって、公法上の権利というべきであり、しかも同法及び関係法令中に右填補金の支払期日及び遅延損害金に関する定めは存在しないから、同法条による填補金につき遅延損害金を請求することはできないというべきである。

四  被告らの主張に対する認否

1  過失相殺

被告らの主張はすべて否認する。

本件事故は、重之が被害車を運転して木崎から新井郷方面に向けて本件交差点内を進行中、新崎から葛塚方面へ向けて前方不注意のまま高速度で本件交差点内に進入してきた加害車に側面から衝突されたものであるから、被告一郎の一方的な過失によるものであり、重之には何らの過失もないというべきである。

2  損害の填補

被告一郎、同太郎及び同花子が、原告らに対し、見舞金、香典として各一〇万円、損害賠償の内金名下に三〇万円をそれぞれ支払ったことは認める。

しかし、右金額のうち、損害賠償の内金名下の三〇万円の支払は、重之の治療費の内金として支払を受けたものであり、本訴において原告らが請求している損害項目に対する支払ではないし、また、右金額は原告らの総損害額に対する一部弁済であると考えるべきであり、右総損害額の一部請求である本訴請求には何らの影響を及ぼすものではない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は、原告らと被告らとのいずれの間においても争いがない。また、原告と被告一郎との間では、同被告が徐行義務違反の過失により本件事故を惹起したものであること、同被告が加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であることについて、原告と被告国との間では、同2の(三)(被告国の責任)の事実について、それぞれ争いがない。

したがって、被告一郎は、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき本件事故により原告らが被った損害について賠償すべき責任があり、被告国は、自賠法七二条一項後段に基づき政令で定める金額の限度において原告の右損害を填補すべき責任がある。

二  そこで次に、被告太郎及び同花子の責任について判断する。

被告太郎及び同花子が、被告一郎の父母であり親権者として、未成年者である同人の行為に対して監督義務を負っていたことは原告と被告太郎及び同花子との間で争いがない。

ところで、《証拠省略》によれば、被告一郎は、本件事故当時、昭和四三年一一月二四日生まれの一六歳であり、昭和六〇年四月地元の職業訓練学校を卒業後新潟市内の配管設備会社に就職し、配管工見習として月収を手取りで約九万円得ていたこと、住まいは両親である被告太郎及び同花子と同居していたが、右月収のうち月約二万円を食費として両親に渡し、その余は自分の小遣いとして費消したり貯金したりしていたこと、昭和六〇年七月一〇日新潟県公安委員会から自動二輪車(中型二輪)の運転免許を取得したばかりであり、その後友人から借用するなどして自動二輪車をたびたび運転していたこと、加害車は、被告一郎が、自動二輪車の運転免許を取得する前の同年四月ころ、友人から代金八万円で買い受けたものであり、その際、被告一郎は、車検証及び自賠責保険の有効期間が切れていることをその友人から聞いて知っていたこと、そのため、同年七月中旬ころ、被告一郎は、母親である被告花子に対し、加害車の自動車検査や自賠責保険のための金員の借用を申し込んだが、同被告からこれを断わられたため、本件事故当時まで車検を受けず、自賠責保険も付けないまま付近の友人宅の敷地内に保管していたこと、被告太郎は、本件事故が発生するまで被告一郎が加害車を購入したことを知らなかったこと、本件事故当日は、被告一郎が右友人宅を訪れ、そこに保管されていた加害車に右友人を同乗させて走行中本件事故を引き起こしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、右認定事実によれば、被告太郎及び同花子は、被告一郎が自動二輪車に非常に興味を持ち、その免許を取得したうえ、借用した友人の自動二輪車をたびたび乗り回していたことを知っており、更に被告花子については、被告一郎が車検や自賠責保険の切れた自動二輪車を購入したことを知っていながら、これを家庭内で話題にすることもなく、被告一郎に対し自動二輪車の安全な運行について何らの指導監督もしていなかったものと推認するのが合理的である。

ところで、被告太郎及び同花子が、被告一郎の親権者として、未成年者である同人の行為に対して監督義務を負っていたことは前記のとおりであるところ、前記認定のような事情の下では、自ら工員として収入を得て食費の一部を負担しているとはいえ、依然として両親の全面的な庇護の下にあったというべき被告一郎に対し、同被告の親権者である被告太郎及び花子としては、加害車の車検が完了するまでその運転を控えるよう指導し、また、自動二輪車を運転する場合には、運転者としての注意義務を遵守し、道路交通の安全を確認しながら運転し、もって事故を発生させることのないように厳重に注意するよう同人を十分指導監督すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、本件事故を発生させたものというべきであるから、右被告らの前記過失と本件事故の発生との間には相当因果関係があるというべきである。したがって、被告太郎及び同花子は、民法七〇九条により、原告らの損害を賠償すべき責任がある。

三  進んで損害について判断する。

1  入院雑費 一万円

重之が本件事故後水原郷病院に一〇日間入院した後死亡したことは、当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、同人は右期間内に一万円を下らない金額の入院雑費を支出したことが認められ、右支出は一万円を越えない部分に限り本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

2  入院付添費 四万円

重之が本件事故後水原郷病院に一〇日間入院した後死亡したことは前記のとおりであるところ、《証拠省略》によれば、同人は右期間内に四万円を下らない金額の入院付添費を支出したことが認められ、右支出は四万円を越えない部分に限り本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

3  休業損害 一〇万円

《証拠省略》によれば、本件事故当時、重之は、商業建築等の企画・設計・施工・監理を営業目的とする訴外株式会社シーエス新潟においてデザイナーとして稼働していたこと、同人は同社に就職する際、同社から月収三〇万円以上、年間賞与合計四・五か月分を約束されていたこと、勤務実績次第では右収入のほか、賞与の上積み、残業手当の支給等の可能性もあったこと、同社には定年制度はないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、《証拠省略》によれば、重之は、同社に本件事故直前の昭和六〇年六月二五日に採用されたばかりであり、同社への勤務実績は一か月足らずにすぎなかったこと、デザイナーという職業は、その性質上独立性が強い反面定着性が弱く、重之も、美術学校を卒業後同社に採用されるまでの間に数社の広告デザイン会社を転転とし、その間に自分のアトリエを開くなど、過去の経歴からみる限り、将来長期にわたって同社に勤務を継続する必ずしも可能性は大きいとはいえないこと、前記認定の年間賞与は、同社に一年以上勤続した場合の保証金額であり、勤続期間が一か月足らずの重之が在職中に支給を受ける資格はなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の認定事実を総合すると、重之が本件事故に遭遇してから死亡するまでの期間の休業損害の算定基礎としては、在職していた同社における給与月額を基礎とするのが合理的であると認められる(前記認定のとおり、本件事故当時勤続期間の関係で未だ受給資格のなかった年間賞与をその算定基礎に加算するのは相当ではなく、また、在職期間中の残業の有無について何らの立証がなされていない以上、残業手当をその算定基礎に加算することも同様に相当性を欠く。)ものの、死亡後の逸失利益については、同社の保証した給与月額及び年間賞与を算定基礎とすることは必ずしも合理的とはいえないというべきである。

したがって、重之が本件事故後水原郷病院に一〇日間入院した後死亡したことは前記のとおりであるから、右期間中の重之の休業損害は、一〇万円と認めるのが相当である。

4  傷害慰藉料 三〇万円

重之が、本件事故により脳挫傷、急性硬膜下血腫等の傷害を受けて水原郷病院に一〇日間入院した後死亡したことは前記認定のとおりであるところ、同人の右傷害の部位、程度、入院期間のほか、《証拠省略》により認められる右入院期間中の同人の状態等の諸事情に照らすと、重之の受けた傷害に対する慰藉料としては、三〇万円が相当である。

5  逸失利益 三六八八万三四〇七円

重之の死亡後の逸失利益について、訴外株式会社シーエス新潟の保証した給与月額及び年間賞与を算定基礎とすることは必ずしも合理的とはいえないことは前記のとおりであるところ、《証拠省略》によれば、重之は、本件事故当時満四七歳の男性であったこと、高校卒業後美術学校に進学し、その後は全国各地の広告デザイン会社でデザイナーとして活動していたことが認められ(右認定事実に反する証拠はない。)、右事実に、前記認定のとおり、重之が昭和六〇年六月二五日から訴外株式会社シーエス新潟においてデザイナーとして稼働し、同社から月収三〇万円以上、年間賞与合計四・五か月分を約束されていたことを併せ考慮すると、他に重之の将来の得べかりし利益について主張立証のない本件においては、同人は、経験則に照らし、四七歳から六七歳までの二〇年間平均して賃金センサス第一巻第一表集計の学歴計・産業計・企業規模計による男子労働者の全年齢平均賃金と同程度の収入を得ることができたものと推認するのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、昭和六〇年度における右平均賃金四二二万八一〇〇円を基礎とし、生活費を三割控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると、次のとおり三六八八万三四〇七円(一円未満切捨て)となる。

(計算式)

四二二万八一〇〇円×〇・七×一二・四六二=三六八八万三四〇七円(一円未満切捨て)

6  死亡慰藉料 二〇〇〇万円

《証拠省略》によれば、重之は、妻である原告貴美子と高校生の一人娘である原告知子をかかえ、一家の支柱として原告らの生活を支えていたことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、右事実のほか、原告らと重之の家族関係、重之の年齢その他本件に現れた諸般の事情を併せ考慮すると、重之が死亡したことに対する慰藉料は、二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

7  相続

重之は右損害賠償請求権(合計五六八八万三四〇七円)を有するところ、原告貴美子が重之の妻であり、原告知子が重之の子であることは既に認定したとおりであるから、原告らは、重之の死亡により同人から右損害賠償請求権をそれぞれ法定相続分に従って二分の一ずつ相続した(それぞれ二八四四万一七〇三円、一円未満切捨て)。

8  葬儀費用 九〇万円

《証拠省略》によれば、原告貴美子は、葬儀費用として九〇万円を下らない支出をしたことが認められ、右支出は九〇万円を越えない部分に限り本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

9  過失相殺

《証拠省略》によれば、本件交差点は、新崎から須戸方面へ通ずる幅員四メートルの平坦なアスファルト道路(以下「四メートル道路」という。)と木崎から新井郷方面に通ずる幅員四・五メートルの平坦なアスファルト道路(以下「四・五メートル道路」という。)とがほぼ十字型に交差する交通整理の行われていない交差点であり、住宅街の中にあるため、いずれの道路にも歩車道の区別はなく、また車両の通行量も少ないが、四・五メートル道路には道路標識により一時停止の交通規制が行われていたこと、被告一郎は、加害車の後部座席に友人を同乗させたうえ、四メートル道路を新崎から須戸方面へ向けて進行し、本件交差点に差し掛かったが、その際、道路に沿って建ち並ぶ住宅の生け垣のために左右の交差道路に対する見通しが悪かったのにもかかわらず、交差点手前で徐行し交差道路を通行する車両の有無を確認する措置を採らず、交差点内に時速約四〇キロメートルの速度で進入したところ、交差道路の左側から進行してきた被害車を約七メートル左斜め前方に認め、急制動の措置を採る間もなく被害車の右側面中央部付近に加害車の前方を衝突させたこと、一方重之は、ヘルメットを装着せずに被害車を運転し、四・五メートル道路を木崎から新井郷方面に進行して本件交差点に差し掛かった際、交差道路の右方が住宅の生け垣のために見通しが悪いうえ、交差点手前の道路標識により一時停止の交通規制が行われていたにもかかわらず、交差道路の安全を十分確認しないで交差点に進入したため、交差道路の右側から本件交差点に進入してきた加害車に気づかず、これと出合頭に衝突したことが認められ(る。)《証拠判断省略》

原告らは、重之が、交差道路に対する安全確認不十分のまま本件交差点に進入した事実はない旨主張するが、《証拠省略》によれば、被害車には、衝突の際に加害車の前輪部分が接触したものと推認される右側面中央部の床が曲がっているほかにめだった損傷が見あたらないことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、この事実に照らすと、加害車が時速四〇キロメートルを大幅に越える高速度で本件交差点に進入したものではないと推認され(《証拠省略》によれば、被害車は、衝突地点から加害車の進行方向へ向けて九メートル以上も飛ばされていることが認められるが、右事実は、同じく《証拠省略》により認められる、加害車が少年二名が乗車した排気量四〇〇CCの自動二輪車であるのに対し、被害車は大人一名の乗車した原動機付自転車であるという双方の重量の格段の差異に照らし、前記推認を覆すに足りるものではないというべきである。)、したがって、重之が本件交差点手前で交差道路の安全を十分確認していれば、交差道路の右側から交差点に進入しようとする加害車の存在を事前に発見し、交差点への進入を差し控えるなど衝突回避のための措置を十分に採り得たものと考えられるのに、同人がそのような措置を採らずに加害車との衝突に至っていることに照らすと、同人は交差道路に対する安全確認不十分のまま本件交差点に進入したものと推認するのが合理的であり、原告らの前記主張を採用することは困難といわざるをえない。

以上の認定事実によれば、被告一郎は、自動二輪車を運転して交通整理が行われておらずしかも交差道路に対する見通しの悪い交差点に進入するにあたり、徐行して交差道路の安全を確認すべき注意義務を怠った過失により本件事故を発生させたものというべきところ、重之にも、原動機付自転車を運転するにあたりヘルメットを装着せず、また、交通整理が行われておらずしかも交差道路右側に対する見通しが悪く一時停止の交通規制が行われている交差点に進入するにあたり、交差道路の安全を十分確認しないで進行した過失があるというべきである(本件事故当時、道路交通法上は原動機付自転車の運転者のヘルメット装着義務は未だ努力義務にすぎなかったものと認められるが、ヘルメット装着の必要性は既に広く一般社会に認識されるところとなっていたものと認めるのが相当であり、本件の事故態様及び重之の受傷部位から考えて、同人がヘルメットを装着さえしていれば少なくとも死亡という結果の発生は避けられたものと推認されるから、同人がヘルメットを装着していなかった事実は、損害の算定において過失相殺事由として斟酌しうるものと認めるのが相当である。)。

そこで、右認定に基づいて、双方の過失を彼此勘案すると、本件事故の発生についての過失割合は、被告らの加害者側が三割、重之及び原告らの被害者側が七割とするのが相当である。

そこで、原告らの前記損害賠償請求権の全額(原告貴美子について二九三四万一七〇三円、原告知子について二八四四万一七〇三円)から、右認定の過失割合に従い七割を減額すると、原告貴美子について八八〇万二五一〇円(うち、死亡に至るまでの傷害による損害は六万七五〇〇円、葬儀費用を含む死亡による損害は八七三万五〇一〇円)原告知子について八五三万二五一〇円(うち、死亡に至るまでの傷害による損害は六万七五〇〇円、死亡による損害は八四六万五〇一〇円、以上いずれも一円未満切捨て)となる。

10  損害の填補

原告らが、被告国から、自賠法七二条一項後段に基づく重之の死亡による損害の填補として一五〇三万八六三六円の支払を受けたことはいずれの当事者間においても争いがなく(原告らと被告国との間では、右支払が重之の死亡による損害の填補であることについても争いがない。)、弁論の全趣旨によれば、原告らは、右支払をそれぞれ二分の一(七五一万九三一八円)づつ自己の損害賠償請求権のうちの重之の死亡による損害に充当したものと認められる。

また、被告らが、原告らに対し、見舞金、香典として各一〇万円、損害賠償の内金名下に三〇万円をそれぞれ支払ったことはいずれの当事者間においても争いがないところ、《証拠省略》によれば、見舞金及び香典名下の各一〇万円はいずれも重之の死亡による損害の填補として、損害賠償の内金名下の三〇万円は重之の治療費としてそれぞれ支払われたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、《証拠省略》によれば、重之は治療費として合計一三五万三九四九円の負担をしたものの、そのうち一二一万七七九九円については同人の健康保険からの給付によって損害の填補を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、右治療費について前記認定の割合で過失相殺をすると、そのすべてについて健康保険からの給付によって損害が填補されたことになり、右三〇万円については、治療費として充当される部分はないことになるから、その余の損害に充当されたものと認めるのが相当であるところ、《証拠省略》によれば、右三〇万円については、まず、原告両名の重之の死亡に至るまでの傷害による損害に充当され、その余は原告らの重之の死亡による損害にそれぞれ二分の一ずつ充当されたものと認められ、また、見舞金及び香典名下の各一〇万円は、原告らの重之の死亡による損害にそれぞれ二分の一ずつ充当されたものと認められる。

したがって、前記認定の原告両名の損害賠償請求権の金額から、以上の損害の填補をすべて控除すると、残損害額は、原告貴美子について一〇三万三一九二円(内訳はすべて葬儀費用を含む死亡による損害)、原告知子について七六万三一九二円(内訳はすべて死亡による損害)となる。

11  弁護士費用

《証拠省略》によれば、原告らは、本件訴訟の提起及び遂行を原告らの訴訟代理人に委任し、右代理人に対して相当額の費用の負担を約したことが認められるところ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額その他諸般の事情に照らすと、弁護士費用として被告らに損害賠償を求めうる額は、原告貴美子について一〇万円、原告知子について七万円(合計一七万円)と認めるのが相当である。

12  被告国に対する遅延損害金について

被告国は、自賠法七二条に基づく填補金請求権は、同法条によって新たに創設された保障請求権であって公法上の権利というべきであり、しかも同法及び関係法令中に右填補金の支払期日及び遅延損害金に関する定めは存在しないから、同法条による填補金につき遅延損害金を請求することはできないと主張する。

思うに、右主張の前提には、公法上の金銭債権には民法の規定は適用されないとする考え方が存するものと理解されるが、しかし、国に対する右填補金請求権がたとえ公法上の金銭債権であるとしても、ただそれだけの理由で直ちに右債権には民法の支払期日及び遅延損害金に関する規定が適用されないと解するのは相当でない。むしろ、国を当事者とする金銭債権について、会計法が、三〇条ないし三二条の規定において時効について民法の特則を定め、他の事項について触れるところがないのは、公法上の金銭債権であっても、時効以外の点については、その金銭債権の性質がこれを許さないと解される場合でない限り、原則として民法の規定を準用する法意に出たものと解するのが相当である。

そして、民法四一九条が金銭債務の不履行についてその要件と効果に特則を設けたのは、現代社会における金銭の万能的作用と極度の融通性を考慮し、債権者が履行期において金銭債務の弁済を受けてこれを運用した場合に得られるのであろう利益を画一的に擬制し、債務者をしてこれを債権者に賠償させる趣旨であると理解されるところ、自賠法七二条の定める国の填補金支払義務について、自賠法及び関係法令中に右のような民法四一九条の規定の趣旨を排除するものと解される規定は存在しないから、自賠法七二条に基づく国の填補金支払義務は、私法上の金銭債権に準じ、その支払期日について別段の規定が存在しない以上期限の定めのない債務として成立し、民法四一二条三項により請求を受けたときから遅滞に陥り、同法四一九条により遅延損害金が発生するものと解するのが相当である。

ところで、原告らの前記残損害額の合計一九六万六三八四円は、政令で定める死亡による損害の填補金額二五〇〇万円から前記被告国からの填補既払金一五〇三万八六三六円を控除した残額九九六万一三六四円を超えないことが明らかであるから、原告らが本訴において被告国に対し填補を請求しうる金額は、原告貴美子について一一三万三一九二円、原告知子について八三万三一九二円となる。

したがって、被告国は、原告らに対し、右各金員に対する記録上明らかな被告国に対する本訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うべき義務がある。

四  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、被告一郎、同太郎及び同花子に対し、原告貴美子について一一三万三一九二円、原告知子について八三万三一九二円及び右各金員に対する本件事故の日の後である昭和六〇年七月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告国に対し、原告貴美子について一一三万三一九二円、原告知子について八三万三一九二円及び右各金員に対する昭和六一年八月三〇日から支払ずみまで前同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからいずれもこれを認容し、その余の請求は理由がないのでいずれもこれを棄却することとし、被告国の仮執行免脱宣言の申立については相当でないからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 潮見直之 裁判官宮川博史は、転補のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 塩崎勤)

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